アルバムガイド ロックヴァイオリニスト Ric Sanders篇


Soft MachineなどのジャズロックバンドとFairport Conventionなどのトラッドロックバンドという2つのジャンルを渡り歩く越境人 フィドラーRic Sanders。ジャズやロックの様々なミュージシャンにあこがれて独力でヴァイオリンをマスターした彼は、 Tsutomu YamashtaのEast Windのツアーメンバーとしてデビュー、Albion Band、Soft Machine、2nd Visionなどを経て Fairport Conventionに加入。独特のひょうひょうと翻るエレクトリックヴァイオリンで大活躍する一方、ギター、ドラムとの Ric Sanders Groupを結成し、独自の即興音楽にも取り組んでいます。(2009/4/24アップ)


「Samders,Baker&Clayton/Carried Away」を追加しました(2016/3/31)

SOFT MACHINE/ALIVE&WELL−LIVE IN PARIS(1978年)

イギリスのプログレッシブジャズロックバンドの実質的なラストアルバム。初期はオルガン主体のサイケデリックポップ、中期はサックスをメインとしたフリー寄りジャズロックとメンバーチェンジに伴い音楽性は変化。さらに前々作よりギターが参加し、管楽器とキーボードとソロを取り合うフュージョン的なスタイルになった上、このアルバムでは管楽器奏者の代わりにヴァイオリンでRic Sundersが参加した。このアルバムはその編成での唯一のアルバムで、ライブ録音だが全曲新曲。アルバムの構成は延々とジャズロック的な小曲がメドレーで繰り出されるというスタイルで、幻想的で聞き易い音はなかなか魅力的だ。ただその音楽はキーボードとテクニカルなギターが中心となっており、ヴァイオリンの存在感はあまり強くない。唯一A面5曲目とB面2曲目で彼ならではのエフェクトの効きまくった幻想的なソロを聴くことができる。彼のヴァイオリンは相変わらずコーラスの強い飄々とした独特のものだ。

2ND VISION/FIRST STEPS(1980年)

Soft Machine最後の編成で競演したヴァイオリニストRic SundersとギターリストJohn Etheridgeによる双頭バンドの唯一のアルバム。編成は彼らの他、Key、b、dr。音楽性は冒頭の「Bundles」を思わせる鐘の音から始まるジャズロックナンバーに象徴されるように後期Soft MachineをよりFusionメインストリートよりにしたストレートなジャズロック。たまにトラッド的な楽曲が入るのが後にFairport Convensionに参加するRicならでは。彼のヴァイオリンは、いつものようにエフェクトを強く効かせた飄々と翻るような軽やかなもので、幻惑的なソロを聴かせるというスタイル。一方のEtheridgeの角のたった速弾きギターと好対照。ちなみに現在の再発盤の名義は2人になっているが、キーボードのDave Bristowも作曲、演奏ともに活躍しており2人と同等の存在感を発揮している。Eheridgeによると残念ながらアルバムの発表がレコード会社のストに重なってしまいほとんどプロモーションもできないまま解散したとのこと。

Ric Sanders/Whenever(1983年)

2ND VISION解散後、Ricが発表した1stソロ作。2nd Visionの音楽性にも現れていた、彼のルーツであるジャズロックとトラッドの両方が程よく混ざった音楽性をよりピュアにしたような仕上がり。Robin Brownというギターリストとの共同プロデュース作でこの人物が制作に大きく関与しているよう。他のメンバーはMicky Barker(dr)、Jonathan Davie(b)という2nd Visionのリズム隊と、Simon PhilipsとFred Bakerという強豪リズム隊が曲により参加。Ric自身がキーボードやオカリナまで弾いている。まずはオープニングの「Dancing Spiral」、Simon PhillipsのダイナミックなドラミングにのっていかにもRicというエレクトリックなヴァイオリンが炸裂、そのまま全編ジャズロックかと期待もそれとは異なり、2曲目はラテンナンバー、そしてアイリッシュエア調の美しいナンバーを経て、Grappelliを思わせるスイングナンバー、エフェクトを効かした即興曲などを経てたおやかなシンフォニーで幕、多彩な音楽性と一貫してエレクトリックなコーラスを効かしたふにゃふにゃした音色という彼の個性がよくも悪くも際立ったアルバムとなった。

Ric Sanders/Neither Time or Distance(1992年)

ソロ名義では2作目。前作がバンド編成による音作りだったのに対し、今作は、一部ゲストはいるものの彼自身のエレクトリックヴァイオリンとキーボードを中心にした極めてプライベートな質感の作品となっている。メインになるのはまずアイリッシュエアー調の曲やジグ調の曲といったアイリッシュっぽい叙情的なナンバー。それから今作の特徴としてシンセにエレクトリックヴァイオリンやフルート、ハープが絡むまるでゲーム音楽のようなチープで牧歌的な組曲たち。ただ音楽性そのものを否定するわけではないが、いかにもパッド系という工夫のないシンセの音色の安っぽさは正直きつい。唯一ヴィヴラホンのリフレインの上でヴァイオリンとフルートがソロをつむぐ、まるでPierre Morlean's Gongのようなジャズロック曲「Domino」は、アルバムの中で浮いている感はあるもののなかなかかっこいい。ちなみにSimon NicolらFairportのメンバーがゲスト参加している。

Ric Sunders Group/In Lincoln Cathedral(2002年)

FAIRPORT CONVENTIONなどでの活躍で知られるヴァイオリン二ストRic Sundersがギター、ドラムとのトリオという編成で結成したGroupの1stアルバム。トラッドとジャズロックの両方をルーツに持つ彼だが、ここで聴けるのはアコースティックニューエイジフュージョンというべきもの。Ricの嗜好であるトラッドやスピリチュアルジャズ的な傾向に対し、アコースティックギターにはブルース、カントリー風のテイストもあり、結果一筋縄でいかない音楽性になっている。楽曲はいかにも彼らしい叙情的なトラッド風小品や若干カントリー、ブルース的なギターメインのナンバー、それにプラスしてChick Coreaの「Crystal Silence」やMiles Davisの(作曲はJoe Zavinuel)「In A Silent Way」というジャズ系の曲の中でも異色の選曲。特に18分にわたる「In A Silent Way」はこの編成で、オリジナルの持つ独特の緊張感あるサウンドを再現していて非常に興味深い。編成もあって全体的に線の細さが強い印象ではあるが、トラッド路線、ジャズロック路線とも違う、Ricならではの新しい音楽性の開示を素直に喜びたい。

Ric Sunders Group/Parable〜Music for Anjali Dance Company(2003年)

FAIRPORT CONVENTIONなどでの活躍で知られるRic Sundersのソロユニットによる「Lincoln Cathedral」に続く2作目は障害者によるダンス舞台音楽用に作られたアルバム。Ricのバイオリンにギター、ドラムというシンプルな編成で、場面によってはワンコードのブルース調になったりと、一聴した感じでは即興スタジオセッションを編集したような雰囲気。とは言うものの、元が越境人としてジャズからトラッドまでこなすRicだけあって、クラシカルになったりトラッド調になったりとあきさせない。前作ではほとんどエフェクトを使用せずアコースティックヴァイオリンによる演奏だったRicだが、今作ではエフェクトを多用し幻惑的な場面を作り出している。ちなみにギターのリフレインにヴァイオリンがたゆたうように乗る2曲目は、金子飛鳥の「Palsuite」にそっくりで、偶然か引用かどちらにしても興味深い。舞台音楽で即興インストというと敷居が高いが非常に聴きやすく全編心地よい音色が溢れているので是非聴いてみて欲しい。

Ric Sanders/Still Waters(2008年)

Ric Sandersソロ名義によるこのアルバムは、新譜ではなく彼のこれまでの作品の中からバラードインストのみ集めたベスト盤.。ソロ2作にRic Sanders Groupの1枚目、それにFairport Conventionのアルバムに収録された彼の手によるナンバーからも収録されている。新曲はないものの一部録音しなおしたナンバーもあり。年代も名義もバラバラではあるが、彼自身のコーラスの利いた粘り気のあるエレクトリックヴァイオリンの音が一貫しているため聴いていて違和感はない。逆にどの曲もゆったりとしたエアー調のバラードナンバーのため、途中で食傷気味になってしまうのが残念。せっかく名義を超えての収録にするなら彼の多彩な音楽性が理解できるような幅広い選曲をすればいいのにという気がする。できればオリジナルでそれぞれ聴くことをお薦めしたい。



Samders,Baker&Clayton/Carried Away(1995年)

Fairport ConventionでSandy Dennyの代役を務めたこともあるイギリスの女性シンガーVikki ClaytonとそのFairportのフィドラーRic Sanders、そしてRicと2nd Visionでかかわりのあったカンタベリー系のベーシストFred Bakerの連名での唯一のアルバムで1994年ツアーのライブ盤。3人の連名ということでClaytonのボーカルをメインに2人がバックアップする曲7曲以外にSanders,Baker主導のインスト曲が4曲演奏されている。ボーカル曲はClaytonのソロ曲やFairportのバラードナンバーなどフォーク調。インスト曲は基本的にセッション風でSandersがアイリッシュなどのメロディを織り込みまくる即興だったりClaytonもスキャットで参加するブルースジャムだったりとSandersやBakerのリラックスしたテクニシャンぶりが楽しい。Claytonのボーカルも素晴らしく聴きごたえのある一枚。

Fairport Convention/Gladys Leap(1985年)

70年代初頭より活動するイギリスを代表するトラッドロックバンド。彼らは80年代初頭に一度解散したが、中盤に再結成。このアルバムはその1枚目にあたる。初期メンバーのSimon Nicol(vo、g)、Dave Mattacks(dr)に中期から参加のDave Pegg(b)、そして新加入のRic Sanders(vln)という編成。再編前の土臭いトラッドロックという質感に対し、再編後の音楽性はクリアな音質でしゃきっとした質感のタイトなポップロック+切れよくタイトなダンスチューンインストが特徴。それにプラスしてRic Sandersのトレードマーク、Zetaのエレクトリックヴァイオリンのひゅんひゅんふにゃふにゃとしたいかにもエレクトリックな音色に止めを刺す。本作はボーカル曲中心でヴァイオリンの出番は若干控えめ。ただ叙情的な名バラード「The Hiring Fair」の中盤でのエレクトリックヴァイオリンならではの美しいソロは絶品。

Fairport Convention/Exlative Delight(1986年)

70年代初頭より活動するイギリスを代表するトラッドロックバンド。彼らは80年代初頭に一度解散したが、中盤に再結成。このアルバムはその2枚目にあたる。新規メンバーの加入により、以前よりもすっきりタイトになった彼ら。前作がボーカル主体のアルバムだったのに対し、今作ではインストルメンタルのみでアイリッシュJigやReel風のオリジナルナンバーを熱演。それもただアイリッシュ風なだけでなく5拍子だったりするところが彼らならでは。その一方アイリッシュの超有名エア「Sigh Beg Sigh Mor」をとりあげていたりも。前回は大人しめだったRic Sandersも今作ではしゃきしゃきとして切れのいいドラミングにのって惑的なフィドルを弾きまくっていてまったくもって爽快。また標題曲は彼のエレクトリックヴァイオリンによる多重録音をメインとしたジグ風ナンバーだが幻想的で美しい彼らしい作品に仕上がっている。Ricファンにははずせない1枚だ。

FAIRPORT CONVENTION/In Real Time: Live '87(1987年)

Ric Sanders加入による新生Fairport Conventionによる初ライブアルバム。収録時間の関係で曲数は少ないものの「The Hiring Fair」と「Crazy Man Michael」という新旧2名バラードの連続攻撃や、ライブのハイライト「Matty Groves」から「The Rutland Reel - Sack the Juggler」のメドレーなど聴き所の多い密度の濃いアルバム。特に初期から演奏されるバンドを代表する名曲「Matty Groves」は、リズムの切れ味もありこの時期の演奏の方がかっこいいと思えるほど。個人的には、再結成前のDave Swabrickの土臭いフィドルの音色よりRicのエレクトリック然とした音色の方が、すっきりとして異種配合度合いが高くて好み。ただし同時期のDVDにはこれらの曲はどれもほぼ収録されていて(しかもメドレーはDVDの方が長い)、彼らの乗りのよいライブパフォーマンスやRicの派手なステージアクションも存分に堪能できるのでDVDをお持ちの方は不要かと。このアルバムは廃盤だがDVDは現在でも容易に入手可能。それにしてもやはりFairport Conventionはライブにつきると思う。



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