1.ヴァイオリンとフィドル

 これから、クラシック以外のジャンルにおける様々なヴァイオリンについて解説していこうと思いますが、その前にまず押さえていかなければならないポイントがあります。それはヴァイオリンには二つの側面がある、ということです。ヴァイオリンというと、我々日本人にはクラシックの花形楽器というイメージがまず湧くと思いますが、しかしちょっと考えてみてください。外国の村祭りとかでおじいさんが飄々とヴァイオリンを演奏しているイメージ、誰もがなんとなく持っているイメージとしてそういった風景はあるのではないでしょうか。そこで演奏されているのはクラシックでしょうか?いや、そういうイメージではありませんよね。ここで演奏されているのがクラシックではないヴァイオリン、それは民族音楽としてのヴァイオリン、いわゆる「フィドル」という呼ばれ方をするヴァイオリンです。
 この民族音楽の楽器として登場するヴァイオリンは、ヨーロッパ各地で存在し、地域によって音楽性、演奏方法はそれぞれ違います。しかしクラシックとの相違点として共通して言えることには以下の点が上げられます。まず、リズムを強調するため1フレーズ中の移弦が多いこと、そのためグリップがクラシックとは異なり、ボウイングもリズムを強調する独特のものになっていることが多い。またビブラートの使用がほとんどないこと、意図的に擦過音を強調したりすること、などなどもあげられます。音楽的な点では、やはりダンス音楽であることでリズム志向が強く、メロディについては特定のモードやスケールに依拠したものであることがあげられます。
 このようにクラシックと民族音楽で奏法は随分と異なり、呼ばれ方も異なるのにも関わらず、「フィドル」と「ヴァイオリン」が違う楽器かと言うとそんなことはありません。同じ形、同じ構造のヴァイオリンが両者の演奏には使われています。ではクラシックと庶民のダンスミュージック、もともとの成り立ちが異なる二つのジャンルになぜ同じヴァイオリンが使われているのでしょうか?謎の部分も多いのですが、茂木健氏の「フィドルの本」はこのように推測しています。元々が庶民の使用していたフィドルはヴァイオリンとは異なるものであったが、クラシックの発展とともに完成したヴァイオリンという楽器の完成度の高さ、またその当時の産業革命によって庶民にも廉価で手に入れられるようになったことで、ヴァイオリンがフィドルにとって変わったのではないかという推理です。ちなみにヴァイオリンの完成度の高さとは、ブリッジが丸みを帯びることで単音を弾くことができるようになったこと(それまでのヴァイオリンに似た楽器レベックなどは、フレットが平らなため基本的に重音しか弾くことができなかった)、五度調弦によって4本の指を合理的に使用できるようになったこと、フレットがないことで様々な微妙なニュアンスがだせるようになったことなどです。
 ちなみに民族音楽としてのヴァイオリンつまり「フィドル」は主にケルト系−アイリッシュやスコティッシュといったものと、東欧系−ハンガリーやルーマニアでロマ族いわゆるジプシーによって演奏されたものの2系統があり、その中でもさらにそれぞれ細かい世界でモードや奏法が異なっています。(但し、これについては大きく2系統に別れていると言うより、ヨーロッパ全体をなだらかに傾向が異なっているということなのかもしれません。)東欧について言えば、ロマ族ら音楽専業の職能集団がいたことで、技術的には極めて高度なものになったようです。そういった独特のモードと技巧性で東欧系の音は、ジプシー風というイメージとともにクラシックに影響を与えることになります。一方のケルト系は連綿と受け継がれて近年のブームを引き起こすとともに、移民とともにアメリカに渡り、アメリカ19世紀の大衆音楽の基盤となり、その一部が現在のカントリーやブルーグラスの元となって行きます。
 また民族音楽の音楽的な影響うんぬん以外にも、こういった民族音楽〜大衆音楽の存在によって、ヨーロッパ、アメリカにおいてはヴァイオリンという楽器は庶民の生活に極めて近いところにあるということもポピュラーミュージックにおけるヴァイオリンという始点では忘れてはいけない点だと思います。日本ではヴァイオリンはクラシックのための高級な楽器というイメージが強いのですが、外国ではそうではありません。19世紀から20世紀初頭のアメリカでは多くのストリングスバンドが活動しました。エレキ楽器が登場する前のヴァイオリンは、手軽に持ち運びできる楽器として、ブルース、カントリーその他ジャンルを問わず、幅広く使用されていたのです。この状況は、ヨーロッパの国々が進出した先ではみな同様だっただろうと思われます。(たとえばアルゼンチンのタンゴなどもそうでしょう。)結局、その後のエレクトリック楽器登場など、音楽の演奏される環境、状況が変化、多様化していくうちにヴァイオリンは多くの場合淘汰されていきました。そして一部のジャンルのみで生き残っていくことになった訳です。とはいうものの、そのような経緯を理解すれば、様々なヴァイオリンについてより一層の理解ができるのではないでしょうか?


2.ジャズとヴァイオリン−ヴァイオリンの片思い


 ジャズヴァイオリンは、最近でこそ寺井尚子の活躍により日本人でも認知されるようになってきましたが、それまではジャズヴァイオリンと言ってもピンと来ない人がほとんどでした。それは、前述のように日本では、ヴァイオリンという存在がクラシック楽器という側面のみに光が当てられてきたことによると共に、40年代に始まったBe-Bopムーブメント以後のジャズのメインストリートにおいてヴァイオリンが花形になって活躍したり、その時代時代のムーブメントを起こしたジャズ名盤に参加するということがほとんどまったくといって良いほどなかったからです。ではありますが、多くのヴァイオリンニストがそれぞれ時代に応じてジャズと向き合い、独自の方法論、スタイルをもって独自の世界を作り上げています。日本でこそ少ないものの、アメリカやヨーロッパではジャズヴァイオリンニストはそれなり以上の数がいて様々な活躍をしています。
 さてジャズは19世紀末から20世紀初頭に、アメリカで登場した革新的な音楽様式でした。ジャズの創世期については具体的な録音が残っているわけではないのではっきりしない部分も多いですが、最初期においてはデキシー、ラグタイムより発生したようです。その他にブルースや黒人霊歌など様々なアメリカのルーツミュージックなどと混ざり合いながら、都市の娯楽としてのダンスホールにて演奏されるダンスミュージックとしてスイングジャズへと発展していったというのが大まかな流れとしてあるようです。こういった娯楽としての音楽を演奏するミュージシャンやダンスミュージックバンドの中には管楽器などとともに庶民の楽器であるヴァイオリンを操るミュージシャンも当然いたわけで、そういった中から自然と最初期のジャズヴァイオリニストが登場してきます。そういった20年代〜30年代のヴァイオリニストうち有名なのが4大ヴァイオリンニストと呼ばれるStephan Grappelli、Joe Venutie、Eddie South、Stuff Smithの4人でした。このうちStephan Grappelliのみフランス人ですが、他の3人はみなアメリカ人です。イタリア移民のJoe Venutiはクラシックの技術を元に、サロン風からアグレッシブなソロまで軽快で多彩な芸風により20年代ニューヨークで大人気となったといいます。一方黒人フィドラーのStuff Smithはクラシックの影響のほとんど感じられない強烈にスイングするフィドルプレイとコミカルな唄によりこれまた人気を博しました。Eddie Southも黒人ですが、彼はクラシックとジプシーミュージックに影響を受けた丹精で鋭いフィドルプレイで活躍しました。彼ら以外にもDuke Ellington楽団に在籍したRay Nanceなどもやはりノリノリのフィドルプレイとコミカルな芸人的な唄で人気を博すなど、スイングジャズ全盛期には多くのジャズヴァイオリニストが活躍しました。
しかし40年代のBe-Bopムーブメント、そしてBe-Bopを受け継いで発展させた50年代のモダンで洗練されたHard Bopの全盛期に時代が移るとともにヴァイオリンはジャズのメインストリートから姿を消していくことになります。ヴァイオリンの線の細くアタックの弱い音色では特にバップのような幾何学的なフレーズを強いアタックをもって演奏するスタイルにはあわず、そのスタイルにあわせると音のきつさが立ってしまい、アタックとやわらかさを併せ持つ管楽器に比べるとどうしても分が悪かったわけです。とはいえ、Be-Bopにチャレンジしたジャズヴァイオリニストも少ないながらいました。Harry LookofskyやJohnny Frigoなどです。またStuff Smithもフレーズこそスイング時代のままでしたが、アタックの利いたノリのいい演奏でこの時代も活躍Be-Bopの代表ミュージシャンDizzy Gillepieとの競演アルバムも作っています。またデンマークのSvend Asmussenなどもこの時代を通じて活躍しました。またもう少し後の70年代以後ではありますが、Elek BacsikやFinn ZieglerなどBe-Bopに真っ向から取り組み素晴らしい作品を残している人たちもいます。
とはいえやはり50年代はジャズヴァイオリン不遇の時代だったといえます。次に彼らが日の目を見るのは60年代後半です。60年代になりモードジャズやフリージャズなどジャズが難解になったり多様化していく中で、旧来のジャズに対するリバイバルムーブメントも起きました。66年のviolin Summitに始まるStephane Grappelliらの再評価です。またそれと同時にモードジャズに取り組む新世代も登場しました。Jean-Luc Ponty、Michal Urbaniakらです。彼らは新たに登場したエレクトリックヴァイオリンを多用して、ヴァイオリンの新たな可能性を追求していきました。60年代のJean-Luc Pontyはモードジャズ、フリージャズともに素晴らしい作品を多数発表しています。また70年代ではありますがポーランドのZbigniew Seifertなどもヴァイオリンにおけるモードジャズを語る上でははずせない人物です。
70年代に入ると、ジャズの電気化、ロックやファンクの融合というFusionブームが到来します。エレクトリックになることで管楽器に負けない音量や多彩な表現力を手に入れたことによりこの時期から多数のヴァイオリニストが登場します。エレクトリックヴァイオリンに持ち替えFusionの大スターになったJean-Luc Pontyを筆頭に、東欧風の独特な楽曲が異彩を放つMichal Urbaniak、スピリチュアルジャズからファンキーな唄物フュージョンまでこなすMichael White、Dave Grusinによるファンクソウル系フュージョンで人気を博したNoel Pointerらです。さらに80年代ではDidier LockwoodやJohn Blakeが洗練されたインストフュージョンで人気を博すことになります。また70年代後半からのニューエイジミュージックブームもありインド音楽出身のShankarやL Subramaniamらも活躍します。
80年代後半になりフュージョンブームが沈静化以後に登場した若い世代は、スイング、バップからモダンジャズ、Fusionまで幅広いスタイルを器用にこなしている印象があります。アメリカではRegina Carter、Miri-ben Ari、Christian Howesなどがこの世代です。また近年のアメリカにおいては、大学でジャズヴァイオリンコースがあったり、ジャズヴァイオリンの教則本などがそれなりに発売されていたり(このあたりはMatt Graserらの努力ということもあるのでしょうが)などなど、ジャズヴァイオリンについての方法論、教育論が組み立てられてきている様です。今後それを踏まえて更に新しいヴァイオリンニストが登場してくるのではないでしょうか。

3.ロックヴァイオリン


 さて次はロックヴァイオリンですが、ロックヴァイオリンが初登場したのは60年代後半です。60年代後半、折りからのサイケデリックムーブメントなどもあり、ロックの世界では、それまでのシンプルなロックンロールから様々な要素を取り入れた新しいロックを作ろうという動きが起きました。具体的にはブルースやジャズの要素を取り入れたクリーム、レッドツェッペリンなどのハードロック、クラシックやジャズ、民族音楽などの多様な要素を取り入れたキングクリムゾン、イエスなどのプログレッシブロックの登場です。特にプログレッシブロックは、クラシックやジャズなどを導入してなんでもありの多様な音楽を生み出していきました。そういった状況下でロックにヴァイオリンを導入しようという人たちも当然のように登場してきたわけです。ところが現実問題としてロックにヴァイオリンを導入するに当たっては様々な問題点がありました。まずボーカルをメインとするロックにおいては単音しか弾けないヴァイオリンではバッキングが困難であること、ヴァイオリンの柔らかい音色はロックの鋭角的な音には向いていないことです。そのためロックにおけるヴァイオリン奏者は、バッキングができる他の楽器(多くの場合キーボードなど)との兼務をしなければならないという結果となりました。ヴァイオリンだけではなかなかロック出来なかったのです。またそれとは別に多くの場合クラシック出身であるヴァイオリンニストはアドリブの訓練が出来ておらず、このこともロックヴァイオリンニストの敷居を高くしました。こういった要素のためロックにおいてヴァイオリンニストたるには個人の技量が大きくものを言うということになりました。そのためジャズ同様、もしくはそれ以上にロックにおいてのヴァイオリンは一つのジャンルを作るものにはなりえませんでした。またこの時代においてはピックアップなど機材もまだまだ発展しておらず、ヴァイオリンのやわらかい音色をライブ会場に響き渡らせることができませんでした。結果として多くの場合、ロックに若干のクラシカルな味付けを施すか、サイケデリックな演出に寄与する程度の役割しか果たせなかったのです。このようにトータルで見ると厳しい評価となりますが、様々な人間の創意工夫により、それぞれに魅力的な音楽が創造されていったのもまた事実です。
 というわけで70年代のロックバイオリンを各国ごとに見ていきます。まずイギリスではクラシック出身と思われるヴァイオリンニストが多いのですが、ストレートなブリティッシュロックにヴァイオリンを導入するのに苦労しているようで、木に竹を継ぎ足しているイメージが強いです。Curved Airなどに在籍したDarryl Wayがプログレファンの間で有名ですが、正直あまり成功しているとは言えません。King Crimsonに在籍時のDavid Crossのヴァイオリンはバンドの個性確立に大きく貢献していますが、世間一般の「ヴァイオリン」というイメージからすると音色の美しさや派手なソロといった要素がなかったため、ヴァイオリンニストとしての評価はえられませんでした。High Tide等に在籍したSimon HouseやEast Of Edenなどの評価も同様です。唯一見事に成功しているのがU.K.におけるEddie Jobsonの派手なヴァイオリンプレイですが、彼のメイン楽器はキーボードでした。
 一方、フランスでは、ジャズヴァイオリンニストが参加していることが多いこと、彼らが参加するバンドもジャズロック的な側面が強いこともあってりよりスムーズな印象が強いです。Didier LockwoodやDavid Roseなどがその代表例です。ただ逆に言うと正当なロックバンドでヴァイオリンが参加している例はあまりないとも言えます。イタリアなどのラテン系の国もロック自体がクラシカルな要素を導入しているものが多いため、それなりにスムーズに導入できています。代表はPFMのMauro Paganiや同じく後期PFMのLutio Fabbriらです。またオランダのFlairck、フランスのGwendalなどは民族音楽的な音楽スタイルということでヴァイオリンの導入がされているためスムーズな印象です。一方、ヨーロッパのアンダーグラウンドシーンでは70年代後半からヴァイオリン、チェロなど室内楽の編成でアバンギャルドなインストロックを演奏するチェンバーロックというジャンルが確立。決してメジャーになるジャンルではありませんでしたが、Univers ZeroやArt Zoydなど独自の活動を展開するバンドが出ました。
アメリカにおいては、ヴァイオリンというよりもブルースやブルーグラス系のフィドルが導入されているケースが多いのでアメリカンロックとの親和性が元々高く、バンドこそあまり多くはないものの、それぞれの音楽性を作り上げているのではないでしょうか。ブルース、ジャズ、ロックの3ジャンルの間で活躍、その激しくささくれすすり泣く個性的なフィドルプレイを聴かせるDon Sugarcane Harrisがその代表でしょう。バンドとして有名なのはIt's a beautiful day、Flock、Kansasなど。どのバンドもヴァイオリンを導入しながらもプログレという狭いジャンルではなく、チャートロックの系列で評価されているところがアメリカらしいです。これらのバンドのヴァイオリンニストたちはどの人もクラシックを通過しているのですが、聴こえる音にはどこかカントリーなどアメリカンなテイストが聞き取れるのはさすがアメリカという気がします。
 80年代以降も、ヴァイオリンをそれぞれのロックのジャンルに導入するミュージシャンはいますが大きな流れにはなっていません。とはいえ単発ではヒットチャートにあがるようなバンドもありアイリッシュの要素を導入したThe Corrsや、メロコアバンドのYellow Cardなどが登場。ソロ系のミュージシャンとしてはメジャーシーンにまで浮上してはいませんがDavid Ragsdale、Mark Wood、Lili Hydenなどが活動しています。また逆にクラシックからロックミュージックへの進出としてはNigeal KennedyやVanessa Maeらが高度な演奏力をバックボーンに独自の活動をしています。


4.BluegrassとBlues


 順番が逆になった感もあるが、アメリカにおけるヴァイオリンの歴史的な部分を見ておきましょう。18世紀にアイリッシュ系移民によってアメリカに持ち込まれたアイリッシュダンスミュージックは、19世紀を通じて独自の発展を遂げ、20世紀にはウェスタンスイングからブルーグラスへと成熟しました。このような音楽が成立した歴史的背景についてはすでに引用した茂木健氏の「フィドルの本」に詳しいです。ウェスタンスイングは、20世紀前半の映画音楽で聞かれるような音楽で、陽気なボーカルとリズミカルなフィドルの早回しが魅力的。Bluegrassの音楽性はさらにこれを突き詰めギターやバンジョーによる2拍子のストレートでスピーディなリズムに乗って、ダブルストップ(一度に二つの弦を鳴らし続ける奏法)を多用したリズミカルなフィドルがソロを採ります。早回しやアドリブはジャズの要素を導入されていますが、音楽の印象はだいぶ異なります。ボーカル部については黒人霊歌などの影響もあるようです。Bluegrassは1930年代に登場したBill Monroeによって完成されました。リズムが極めてシンプルで定型的ではありますが、その上で陽気に繰り広げられる歌やテクニック、明るいようで切なかったりもする味わいのある歌詞などでアメリカでは根強い支持があり日本でも熱狂的な支持者を一部にもっています。また、Bluegrassの領域でフィドルのテクニックを磨いた人々が、ジャンルを超えて様々に活動し成果を残しています。Darol AngerやMark O'Conerがそうで最近ではジャズ系の人脈との交流も深まっています。またRichad Greenなどもロックの領域でも活動しています。
 一方のBlues Fiddleですが、元々Bluesはその成立初期にはフィドルによって演奏されていたという事実はほとんど知られていません。開拓時代のアメリカでは、ダンスの際音楽を演奏するのは黒人の役目で、そのため黒人はフィドルの演奏技術を身につけ、普段は白人向けダンスミュージックを演奏する一方で、自分たちの音楽をフィドルで演奏していました。ギター導入後もその伝統は20世紀初頭まで残っていましたが、エレキギターというより表現力豊かな楽器の登場とともに完全に過去のものになってしまった様です。現在では、Clarence" Gatemouth" Brownが気まぐれに弾くのと、ジャズ系ミュージシャンやロック系ミュージシャンが演奏する程度になっています。


5.ワールドミュージック


 ヴァイオリンという楽器は持ち運びに便利であること、簡単に作れるということもあり、ヨーロッパの人々が世界に進出するとともに様々な国へと持ち込まれ、その世界独自の音楽に使われることとなりました。その代表的な例が、インド音楽におけるヴァイオリンとタンゴにおけるヴァイオリンだ。インドにはイギリス人によって300年前に持ち込まれ、インド音楽用の楽器として独自の奏法の進化を遂げました。バイオリンのグルもおり、300という奏法をマスターするのだといいます。近年ではアメリカでNew Age Musicという名前で評価、人気を博している様です。一方タンゴは19世紀末にアルゼンチンに登場した音楽形式です。港湾労働者の音楽として登場した当初から、タンゴの編成にヴァイオリンは加わっていたようです。タンゴのヴァイオリンも、その2拍子の重いリズムを強調する音楽性にあわせるように、独自のパーカッシブな特殊奏法を確立していきました。結果メロディ楽器でありかつパーカッシブでもあるフレキシブルなポジションとして編成に欠かせない楽器となっています。
 そして何よりも大きいのは近年日本でも高い人気を誇るアイリッシュミュージックでしょう。リズミカルでかつ叙情的な音楽は、極めて魅力的です。一時期アイルランドにおいてもやはり伝統音楽としてのアイリッシュは廃れていたようですが、60年代より復古運動が盛んとなり、様々なミュージシャンが登場し一気にシーンは盛り上がっていきました。この領域については、本も多数出ているので詳細は避けますが、やはり最近の新しい世代においては、ロックやジャズなど新たな領域とのクロスオーバーが進み、それぞれにおいて様々な成果を見せています。
 また最近日本でもとりあげられるようになった、「タラフドゥハイドゥクス」などのルーマニアのジプシー楽団、近年アメリカで再評価がされるようになったクレツマーのバイオリンなど東欧系ヴァイオリンも独自の世界を作っています。


6.日本のヴァイオリニスト


 日本においてはジャズや民族音楽の伝統がないため、外国以上にヴァイオリンという楽器はクラシックとしてのイメージが強いようです。また音楽教育がクラシック偏重で、それ以外の領域についての情報がほとんど与えられないため、ヴァイオリンでクラシック外の領域を目指そうにもとっかかりがなかなかないのが現状です。とはいうものの高度な音楽教育の成果もあり、果敢に他の領域へ飛び出して活動している人も多数います。バックボーンがないことが強みとなって、逆に独自の音楽を作り上げている人も多くそのジャンルも幅広くなっています。ヴァイオリンミュージックの自由度は、日本は世界トップクラスと言ってもいいかもしれません。
 やはり中心となるのはクラシックをベースとした音楽活動をしている人々で、有名なところでは葉加瀬太郎、川井郁子などがそうです。その中でクラシックをベースとしながらも、それを乗り越えて独自の音楽を作り上げているのが金子飛鳥で、ジャズロックや民族音楽の要素を盛り込んだその音楽性は幅広く、極めて高度なオリジナリティを持っています。ジャズでは、Grappelliの伝統を消化し独自のポップミュージックを作り上げた中西俊博が群を抜いています。また近年登場した寺井尚子はクラシカルな音色で一般の人にも大いにアピールするジャズヴァイオリンニストとして活躍中、ロックヴァイオリンとしてはRovoなどでテクノ・ダンスミュージック、音響系など若い世代にもアピールする勝井祐二、正統派プログレッシブロックの世界で圧倒的演奏力を誇る壷井彰久らが独自の活動を展開。タンゴをベースにしながらも即興音楽やジャズもこなす喜多直毅、民族音楽、アバンギャルドな領域ではアラビア音楽やヴァイオリン演歌からGrappelliまでさまざまな要素を取り込んだ太田恵資らがクラシックのにおいを感じさせない独自のヴァイオリン世界を作っています。


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